今週のお題「芋」
お芋、さつま芋が大好きです。丸干し芋とかレンチンして食べるとたまらんですが、特に焼き芋、好きです。
焼き芋はシチュエーション込みで好きなのかなと思います。
寒い日にお庭でブロックを囲って焚き火して、ホイルで包んだお芋を焼く。出来上がった焼き芋を二つに折ると、しっとりふっくらしたお芋の断面がじわあっとゆっくり動く。真ん中が蜜で濃い色になっていて、うわああって笑顔が溢れる。お庭で焚き火はいまの時代難しいでしょうから、うん、ノスタルジー込みで好きです。
ちょっと話は別方向に行きます。さつま芋、甘いもの、って連想した時に、糖度のことを思い出しました。スーパーのフルーツコーナーで糖度表記をよく目にします。
日本農林規格で、Brix値という計測値のことを言うようですね。
上記のWikipediaにレモンの事例が書かれている通り、糖度ってその食物の一側面でしかないのですね。レモンで言えば糖度が高くても、酸度がとても高いので味覚としての甘味に資するものではないという。たしかに、甘いレモンがあったらそれはもうレモンではない別種と考えたほうが良いかもしれないです。リンゴについても、たとえばわたしはリンゴの酸味が好きで、口の奥でピリリとする感覚が子供の頃からくーぅたまらんと思っていたのをいま思い出しました。最近そういうリンゴは食べてないですね。
さらには先日帰省した時にわたしの両親が、すっぱいブドウが懐かしいという話をしていたのを思い出しました。たとえばこのごろは某100グラム300円する高級ブドウについて考えた時、甘い、めちゃくちゃ甘いですが、ぶどう特有の酸味はどうかなと考えるとあまり印象に残っていません。昔のデラウエアあたりは酸味があったイメージ。
食物に数値基準があると、価値観が隔たったり単純化したりする傾向がある、ということでしょうか。フルーツは甘ければ良いのか、あきらかにそんなことはないでしょうし、そのフルーツ特有の個性があるからこそさまざまな調理が可能になるわけです。
そうすると、糖度がいま一過性の流行りものだと考えることができそうで、そろそろ原点回帰的な、フルーツの味に対してよりストイックな思想や基準をもつ農家さんが現れて、何らかの切り口で別の価値観が広まる可能性もあるのではないかな、なんて考えましたが、わたし程度が考えることはすでに誰かがお考えでしょうから、このへんでおしまい(めんどくさくなった)。
登山
0泊2日の弾丸登山が報道で猛烈批判されていた富士山に、9月上旬日帰りで登りました。子供の頃を含めて通算4回目。
富士山は天気が良ければ、ルートによっては日帰りも全然可能なお山です。ただし高度順応は必須です。今回は距離の短い富士宮ルート。
上の写真は、登り始めた早朝の様子。富士山の黒い斜面越しに、赤く照らされた相模湾と箱根の山のシルエットが美しかった。
朝焼けに燃える富士山。
富士山頂上の火口。とてつもなくデカいです。
火口。地球のものではないような、異様な色彩、地形です。
下山する頃には霧に包まれて、
またすぐ晴れて。写真は宝永山です。宝永山の色合いがとても好きです。
音楽
まえも紹介しましたが、いまだにshowmoreのEP、Δ(デルタ)に魅了されています。弦楽器とのコラボ作品集です。
たぶんコラボのきっかけは、3年前のスタジオライブで、2バイオリン、チェロ、ビオラとのライブでした。めっちゃくちゃ良い雰囲気で、音はもちろん、映像が超素敵で、窓から見える屋外の寒さとスタジオ内の暖かさが伝わってきてそこもすごいとおもった。